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止まるか8000億円の国富流出、COP17合意の行方

 世界の温暖化問題を話し合う第17回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)が閉幕した。今回合意に至ったのは、2012年に期限を迎える京都議定書の延長。だが日本にとって最大の成果は、日本が新たな温暖化ガス削減義務の目標値を設けない姿勢を貫いた点だ。背景には、京都議定書の制約によって8000億円近い「国富」が、議定書で削減義務を負わない中国などに流出するという深刻な問題を抱えていたことがある。


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~低炭素社会構築に向けた地域の取組に学ぶ~


ここから引用:
[環境省]
いまを知り、みんなで考えよう! 「地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ推進地域フォーラム ~低炭素社会構築に向けた地域の取組に学ぶ~」(全国7都市)
いまを知り、みんなで考えよう!
「地球温暖化対策に係る中長期ロードマップ推進地域フォーラム ~低炭素社会構築に向けた地域の取組に学ぶ~」 (全国7都市)

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http://mainichi.jp/select/biz/prtimes_release/archive/2011/02/04/000000001.000003029.html



気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか7

2009年のCOP15は、京都議定書の内容から大きく後退したコペンハーゲン協定を条件付で採択したのみでした。
2010年には、COP16が予定されており、その準備会議も開催されています。京都議定書の期限切れ2012年は迫っています。今後、地球温暖化対策の国際的な枠組みはどうなっていくのでしょうか?

まず、日本は、民主党が国際公約CO2 25%削減の実施のための「地球温暖化対策基本法案」を衆議院で強行採決するも、鳩山退陣のあおりを食って参議院で廃案になりました。しかし、民主党は、再提出、可決するつもりらしい。法案の具体策環境省のロードマップ(小沢試案)も作成。炭素税と排出権取引も実施予定。また、東京都は、国に先行して2010年4月から独自の地球温暖化対策を実施。

米国は、上院で地球温暖化対策法案提出を断念。オバマ大統領の国際公約17%削減が宙に浮く。

ヨーロッパも地球温暖化対策反対の世論が大きくなっており、経済不調とあいまって「エコ疲れ」と言われている。排出権取引市場の低迷がささやかれておりそのテコ入れのために、30%削減提案がされている。

今年のCOP16でもポスト京都議定書合意は絶望的といわれ、地球温暖化対策の国際的な枠組みは今後どうなるのか、誰も確たることが言えない状況だ。

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか6

【気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)まとめ】

 2009年12月7日から18日にかけてコペンハーゲン(デンマーク)で気候変動枠組み条約第15回締約国会議(CPO15)が開かれました。
 世界のほとんどの国が参加、米国、中国、日本、EUを含め約110カ国の首脳が集まる「第二次世界大戦後で最も重要な国際会議」とさえ言われたこの会議。

 世界の首脳が集まって地球温暖化対策が話し合われましたが、会議は失敗したと評価されています。なぜなら、コペンハーゲン協定は採択されたものの、全会一致の決定ができず、ゆえに、法的な拘束力はなく、内容的にも、京都議定書から大きく後退する内容だったからです。


2009年初頭から、12月の本会議に向けた準備会合が開かれていました。2012年に京都議定書が期限切れになるので、その次=ポスト京都議定書の作成を目財していました。


【本会議前の主な会議】
3月29日~4月8日:事務レベル協議(ボン)
8月10日-14日:特別作業部会(ボン)
9月22日:国連地球環境サミット
9月28日-10月9日:特別作業部会(バンコク)
11月2日-6日:特別作業部会(バルセロナ)


手間隙をかけ長い間話し合いが行われましたが、話し合いはまったく進展しませんでした。合意すべき政治課題にまったく歩み寄りがありませんでした。その政治課題とは、以下の項目です。


【合意に向けて話し合われていた政治課題】
1)CO2削減の具体的な数値目標
2)その数値目標の基準(年)
3)先進国と開発途上国のCO2削減量配分
4)削減の検証が必要か、必要ならどのような手続きが必要か

そして、隠れ政治課題は、
5)原発のCDMを認めるかどうか


上記政治課題にまったく歩み寄りがなかったため、本会議でのポスト京都議定書の合意は、本会議前に断念されました。その代わりに、議長国デンマーク政府は、削減目標を明記し法的な拘束力のある原案(コペンハーゲンコンセンサス)を発表し、本会議は始まりました。  

そして、会議は始まり、途上国と先進国の対立により、混乱し空転を重ねました。
会議は最終日の深夜までもつれ込みます。

【最後はオバマ大統領の一人舞台】
 18日最終日、首脳会談は、同じ議論の繰り返しで、暗礁に乗り上げようとしていた。最終日午後になっても何も決まらない。ここから、オバマ大統領の活躍が始まる。1時間にわたるこの日二度目の米中首脳会談。午後帰国予定だったインドのシン首相を引きとめ、中国、南ア、ブラジル首脳とともに、5カ国首脳会談。5カ国合意。 これを日欧その他が承認。総会にて否決(19日早朝)されるも、「合意に留意する」(法的拘束力なし)との扱いで、条件付きで採択(19日午前)。会議決裂だけは免れ閉幕。19日に一日ずれ込む異例の国際会議になった。



◆コペンハーゲン協定の要旨
 【長期目標】(産業革命前に比べ)世界の気温上昇を2度以下に抑えるべきだとの科学的見解を認識し、長期の協力的行動を強める。全世界および各国の温室効果ガス排出をできるだけ早期に減少に転じるよう協力する。

 【先進国の義務】20年までの国別排出削減目標の実施を約束する。目標は10年1月31日までに提出する。京都議定書の締約国は議定書で始めた削減を一層強化する。

 【途上国の行動】国家間の「共通だが差異ある責任」原則や途上国の約束履行は先進国の資金や技術移転に依存するなど気候変動枠組み条約の規定に沿って、10年1月31日までに提出した計画などの排出対策を行う。最貧国や小さな島国は自発的に、支援に基づく対策を行い得る。対策は隔年で国内的な検証を受け、データを国際的な協議や分析に供する。支援を受けた対策については国際的な検証の対象とする。

 【森林対策】森林破壊や劣化対策のため、先進国からの資金導入を可能にする仕組みを早急に設ける。

 【資金・技術支援】対策の費用対効果を高めるため市場の活用を含むさまざまな手段を追求する。先進国全体で10~12年に計300億ドルを供与し、さらに20年までに年間1000億ドルの目標を約束する。条約に基づく資金メカニズムの運営主体として「コペンハーゲン・グリーン気候基金」を設立。技術開発や移転を支援する「技術機構」を設立する。

 【評価見直し】15年までの実施状況を評価し、温度上昇を1・5度にとどめることなど長期目標強化の検討も行う。
http://mainichi.jp/select/science/news/20091228ddm016030002000c.html

[ 先進国が提出した削減目標(2010年2月10日現在)]

[ 先進国が提出した削減目標(2010年2月10日現在)]

国名

削減目標

基準年

EU

-20/-30%

1990

日本

-25%

1990

ロシア

-15~-25%

1990

アメリカ

-17%

2005

オーストラリア

-5~-15%または-25%

2000

ベラルーシ

-5~-10%

1990

カナダ

17%

2005

クロアチア

-5%

1990

アイスランド

-30%

1990

カザフスタン

-15%

1992

リヒテンシュタイン

-20%

1990

ニュージーランド

-10~-20%

1990

ノルウェー

-30~-40%

1990

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか5

 2009年12月7日から18日にかけての実際の出来事を時系列でまとめました。
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気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか4

COP15は、なぜ失敗したのでしょうか?原因はいろいろあるでしょうが、初めから、各国の思惑と国益がかけ離れていたのが大きな原因です。会議前の各国の主張を見てみましょう。続き↓

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか3

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、失敗だったという見方があります。その理由は、京都議定書をさらに進め、ポスト京都議定書を目指していたにもかかわらず、京都議定書から更なる後退する内容になっているからです。
そもそも、準備会議の段階で何も決まらなかったわけですから、会議は失敗すると言われていました。議長国デンマークが提示した議長提案でさえ、京都議定書から後退するないようでした。その議長提案でさえ合意できませんでした。

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか2

2009年初頭から、EU、米国、中国は、この会議に向けて、いろいろな政治的な駆け引きを繰り返してきました。
2009年、COP15前の政治的な動きは以下のとおりです。
【簡単なまとめ】
EUは、ポスト京都議定書提案を1月に発表し、交渉を常にリードしてきました。
米国は、オバマ大統領が前ブッシュ大統領に対抗し、積極的にリーダーシップをとることを明言。4月主要経済国フォーラム(MEF)を立ち上げる。しかし、話し合いは決裂。中国との連携をを強め、EU主導をけん制する作戦に。しかし、温暖化法案が上院で可決できず、常に守勢に回る。
中国は、CO2排出最大国。アメリカと連携しつつ、インドなどの途上国との連携も強化。先進国の削減目標が低すぎると常に批判してきました。。国際的な非難の矢面に立たないようにし、途上国支援(金と技術)が得られればいい、というのが本音か。
日本は、公平性の確保を常に主張。国別の削減目標ではなく、国の垣根を取り去ったセクター別の削減目標をつくり、先進国が公平性の原則に従って、資金と技術を持ち合うことを提案してきました。しかし、国際政治の中で無視され、孤立。

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(CPO15)関連ニュース2009年は、続き↓

気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)とは何だったのか1

 2009年12月7日から18日にかけてコペンハーゲン(デンマーク)で気候変動枠組み条約第15回締約国会議(CPO15)が開かれた。
 世界のほとんどの国が参加、米国、中国、日本、EUを含め約110カ国の首脳が集まる「第二次世界大戦後で最も重要な国際会議」とさえ言われたこの会議とは、いったいなんだったのだろうか。何が話し合われ、何が決まり、何が決まらなかったのか。


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