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江戸時代からの飢饉と気候の関係 寺澤 泰・寺澤 正直(長野電波技術研究所)


ここから引用:
江戸時代からの飢饉と気候の関係
寺澤 泰・寺澤 正直(長野電波技術研究所)

(4) 考察 凶作・飢饉は 8 年に 1 回程度起きており、火山爆発が原因とする凶作・飢饉
は広範囲に渡り地球規模の被害が何度も起きている。(中略ーーー引用者)
現在でも平均気温(宮城県の平成 1~10 年の 6,7,8 月の平均気温は 22.4℃)が 1℃ 低下すると米の収量は 5~12%の減収になるが、餓死者を伴った、江戸期の飢饉で は米の収量が 10%以下と報告されているので、その年の平均気温は通常より 2℃以 上低かったと想像されている。また、天保 7 年の平均気温は樹木の年輪から-2.8℃ と算出されています。(後略ーーー引用者)
図 1 東北地方の飢饉・凶作の前に起こった火山爆発と年
火山



ここから引用:
江戸時代からの飢饉と気候の関係
寺澤 泰・寺澤 正直(長野電波技術研究所)


(1) はじめに 植物工場など近代農業に係わっていると、過去に於いての食料の生産方 法や凶作・飢饉などの情報を必要とすることがある。江戸時代の大飢饉について調 査し、過去における大飢饉前後の年の気象状況を把握できないかを研究している。 江戸期の大飢饉の回数、その原因について調査し一部を紹介する。


(2) 研究方法 江戸期の文献調査により、飢饉の起きた年を調べ、その状況を調べた。 資料が膨大なため、ここでは主に、火山噴火の影響による飢饉と思われるものにつ いて調査し、さらに範囲を狭め、天保の飢饉の数年間の気象状況関係の文献、天保 年間の年輪調査、ならびにそれらの情報が一致するかどうかの調査を行った。年輪 の調査については次回に報告する。



(3) 結果 1670 年~2003 年まで
の 323 年間の記録 を調べて みると、中部から東北地方に 渡って起こった冷害は 41 回 あり、その内 27 回は世界の 火山爆発 の 直後 に 飢饉 が 起 きていることから、火山爆発 が 関係 していると 推測 され る。
天明 3 年の飢饉は 6 月から 8
月 にかけて 起 こった 浅間山

表1 災害や戦争による死亡・行方不明の数(最近323 年間) 年 災害名 人数 備考
1695 元禄大飢饉 40000 南部藩の数
1732 享保大飢饉 969900 西日本
1783 天明大飢饉 480000 仙台・津軽・盛岡・八戸
1835 天保大飢饉 不明 日本全土に及ぶ
1855 江戸地震 4000 安政2年
1883 明治17年凶作
1894~5 日清戦争 17282 廃疾含む
1896 三陸津波 22000 明治29年
1902~06 全国的に凶作 明治38・39年凶作
1904~5 日露戦争 120000 明治37年
1912 大正12凶作
1923 関東大震災 142809 大正12年
1933 三陸津波 3008 昭和8年
1941~5 第二次大戦 2000000 昭和16年~
1945 枕崎台風 3756 昭和20年

の爆発で死者が 2 万人を越え、

1948 福井地震 3895 昭和23年
1959 伊勢湾台風 5101 昭和34年

関東~東北まで餓死者 48 万
人を出すに至った。 日本国内 に 起 きた 飢饉 と 犠 牲者数を表1に示し、比較の ため 戦争 による 死者 も 入 れ た。また、日本における主な 地震被害を表 2 に示す。 さらに、天保年間の凶作の原 因を表3に示す。

1995 神戸地震 6432 平成7年

表2 日本 における主な地震被害 年 地震名 地震規模 死者数 家屋損失戸数









1995 兵庫県南西 M7.2 6,425 100,282



ここから引用:
東北地方の飢饉・凶作の前に起きた火山爆発と年を図1に示す。


図 1 東北地方の飢饉・凶作の前に起こった火山爆発と年
http://www.i-apple.jp/thesis-pdf/200410edo.pdf火山


ここから引用:
(4) 考察 凶作・飢饉は 8 年に 1 回程度起きており、火山爆発が原因とする凶作・飢饉
は広範囲に渡り地球規模の被害が何度も起きている。それに対して地震被害は局所 的に起こり日本全土に被害を与えるほどのものは起きていない。
平成 16 年 9 月の浅間山の噴火では噴火の後、2 時間ほどで福島県、宮城県に灰が降 り、火山灰は時速 140km~160km で飛んでいくことが分かった。灰による被害は 群馬県、長野県の浅間山近くのキャベツ、レタス栽培に被害が生じた。 現在でも平均気温(宮城県の平成 1~10 年の 6,7,8 月の平均気温は 22.4℃)が 1℃ 低下すると米の収量は 5~12%の減収になるが、餓死者を伴った、江戸期の飢饉で は米の収量が 10%以下と報告されているので、その年の平均気温は通常より 2℃以 上低かったと想像されている。また、天保 7 年の平均気温は樹木の年輪から-2.8℃ と算出されています。現在のように温暖化が話題になっている中で、100 年後には 約 2℃平均気温が上昇すると考えられている。今後この平均気温 2℃上昇をふまえ た農業研究が必要であると考えられます。
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