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槌田 敦 VS 日本気象学会


ここから引用:
槌田 敦 VS 日本気象学会
--損害賠償請求事件--
http://song-deborah.com/case1/
地球温暖化の原因をめぐって、開かれた論議をしようとしない日本気象学会に対して、科学本来のあり方を回復し、科学者の社会的責任を果すための闘い

(前略)
4、初対面の裁判
 さらに、私にとって、学会の民主主義を裁判で問うことも初めての経験だった。もちろん学会が自主的に民主的に運営されている限り、むやみやたらと問題が裁判に持ち込まれないほうが望ましいのは当然である。しかし、いったん民主的な運営が損なわれ、自主的な話合いの余地がない場合には、その是正のために法的な救済が必要となる。それが法治主義である。もともと裁判所の存在意義は人権保障の砦の点にあり、今回も、裁判所のそのような使命が発揮されるべき裁判だった。(後略)



地球温暖化の理論などよく知らない担当弁護士の戸惑いと誠実さがよくわかる。いったいこの裁判はどのような経緯をたどりどうなるのか。

「二酸化炭素の増加は地球気温の上昇の結果である。」地球温暖化CO2削減対策をまったく無意味にするこの説は、気象学会誌から論文掲載拒否を受ける。槌田は、科学の場として機能不全に陥った気象学界を裁判で正してもらおうと、裁判に訴える。


ここから引用:
 しかし、予想に全く反して、裁判所は、そのような使命を全く発揮しようとしなかった。審理のときから判決に至るまで、裁判所は学会の民主主義といった問題には関心ありません、という態度だった。
 尤も、私自身が最初そうであったように、本件の論文掲載拒否の理由が「高度の専門性が必要である」(判決14頁2行目)事柄のため、科学の素人である裁判所には、掲載拒否の理由の正当性を判断することは事実上、不可能ではないかと思い込んでいる可能性があったので、本件の掲載拒否の理由が「小学生でも理解できるような」レベルの事実誤認であることを分かってもらうために、訴状提出直後に、裁判所に提出した「訴訟進行に関する照会書」に次の通り、述べたのみならず、その後も、再三再四、この真相解明のための取組みを求めた(原告準備書面(4)7頁など)。

《もとより原告は、本裁判で科学論争を行なう積りも、また、その決着をつける積りもありません。
しかし、たとえば芸術裁判として著名なチャタレー裁判やサド裁判では法律問題に決着をつける上で必要な限りで、きちんと芸術作品の内容を把握したように、本裁判の法律問題に決着をつける上でも必要な限りで、きちんと論文の科学的内容を把握しておく必要があります。
その意味で、特許裁判における技術問題の把握と類似してきます。そこで、特許裁判においてはそうした専門的知識の把握について、別途、「技術説明会」なる機会を設けていますように、本裁判においても、然るべき時期に、原告論文の科学的内容を正確に把握するために、いわば「科学説明会」なる機会を設けていただくことを強く希望いたします。》

 しかし、裁判所は、審理の中で、一度も、本件の最大の争点「小学生でも理解できるような上記誤読があったかどうか」について、原告や専門家の話を聞いて吟味しようとしなかった。
 のみならず、判決でも、原告が終始一貫して主張したこの最大の争点、
「小学生でも理解できるような誤読(彼の論文のどこにも書いてないのに、この論文は数年間の短期の気候変動の検討結果を根拠にして長期の気候変動について主張をしたものだと強引に読み替える)に基いて論文掲載を拒否したかどうか」
に一言も応答せずに、原告の主張は理由がないと片付けてしまったからである(-->>その詳細は、原告の主張と判決を対比した対比表を参照,されたい)。
これは、法治主義ではなく、放置主義である。(後略)
http://song-deborah.com/case1/


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