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IPCC報告書2

IPCCの報告書は、査読つきまたは同等の論文で原則作られる。と言われているのですが、最近、学生のレポートや登山雑誌の記事が引用されていることが発覚しています。

さらに、根本的な問題ですが、IPCCは独自研究をしないので、その報告書は論文を取捨選択した切り貼り報告書なのですが、その取捨選択の基準や良否と言うものは、学会の査読のような厳密なものではないのです。IPCCは大規模で厳密な査読の仕組みがあると言っていますが、それは機能していませんし、仕組み自体がおかしいです。

具体的に見てみましょう。

IPCCの報告書は、執筆者が草稿を書いた後、査読に回りますが、3回の査読があります。一回目は、専門家、二回目は、政府専門家(官僚様)、三回目が政府(政治家?)。

報告書を公表する前に、官僚様と政治家に見せて、これでよろしいでしょうか?とお伺いを立てるわけです(下図)。やはり、政府召集の諮問機関と変わりないですね。
http://www-cger.nies.go.jp/qa/14/14-2/qa_14-2-j.html 774345354_194.jpg

科学が政治によって歪められている。研究予算と言う餌のために。ありうることです。実際にそういう事件はいくらでも過去にあった。ではこういう場合、どうすれば、政治的な影響を排除して、科学が歪むのを防ぐことができるでしょうか。政治から距離を置けばいいのです。そういう仕組みを作ればいいのです。

IPCCの組織を見るとその逆をしています。政治の影響を排除する仕組みどころか、報告書の査読の段階で政治が絡んでしまうわけです。こんな学術団体があるでしょうか?IPCCは、学術団体ではないといわれる所以です。

また、人事も政治が決めます。IPCCとは、政治にまみれている。その報告書は政治文書と言えると思います。

まとめ
1)執筆者や議長選出など重要な人事にまで政治がかかわっている。
2)政治が諮問する科学者の会議であることは組織上明らか。こういう会議は、通常、結論ありき。IPCCだけが例外であるという事実が見つからない
3)査読段階ですでに政治家が絡む。すべての論文にです。政策担当者向け要約だけではありません。なぜ、政治関係者の2度の査読をへる必要があるのか。批判的な科学者の査読こそ必要なのではないか
4)独自研究をしないで具体的にやっていることは、各種論文の取捨選択と切り貼りである。その取捨選択が正しいという権威はどこから来るのか?学界の権威の上に立つ権威と誰が認めたのか?政治が認めたわけです。
5)ほかにも上げればきりがない。政治のカタマリIPCC

また、科学者2500人参加していると言いますが、数が多ければいいと言うものではありません。IPCCは、推薦または立候補してその一員になるのですが、無償ボランティアです。たぶん、地球を救うと言う正義感を持った人がボランティアになるのでしょう。これって、偏ってないですか?正義心の色眼鏡で報告書が歪む。現にそういう例が、ヒマラヤ氷河の大嘘につながっています。

また、優秀でいろいろ忙しい科学者や大御所は、参加しないのでは?ボランティアなんてねぇ。忙しい人は無理。IPCCに参加しない科学者もたくさんいるわけです。
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