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【反科学論2】科学信仰批判は科学信仰を強める

 まず、現実を直視しなければならない。科学の表看板と逆のことが現実だからだ。
科学の表看板というのは、科学は信じるのもでも信頼するものでもなく、データを持って立証したり反証したりするものであるということになっている。

 しかし、現実には、それができるのはごく少数の人間に過ぎない。
大多数の人にとっては、不可能なのだ。ニュートンの時代ならともかく、現代の科学の最前線の科学的知見の立証または、反証過程を正確に理解できるわけがない。

 たとえば、アインシュタインが、相対性理論を発表した時、それを完全に理解できる人は、世界に数人しかいなかったと言われている。だから、彼の物理学を根底から覆す理論は、ノーベル賞にならず、彼は、光電効果の研究によって、ノーベル賞をとっている。彼の有名な理論式E=mc2は、質量がエネルギーに変換されるということであるから、不動の真理と思われていた質量保存の法則に重大な修正を強いるものだったわけだ。そして、それが、原子爆弾の開発につながるのである。

 そのアインシュタインでさえ、晩年は、新しく登場した量子物理学を否定し続けているようだ。不確定性原理を理解できず、湯川秀樹博士の中間子理論(彼はこれでノーベル賞を取った)について、「新しい粒子が好きなやつらがいる」と語ったと伝えられている。

 何が言いたいのかというと、現代自然科学の最前線など、ほとんどの人が理解不能であり、天才アインシュタインでさえ、晩年はついていけなかったのだ。

 この現実があるにもかかわらず、「科学は信用したり信頼してはならない。」といった事をいえばどうなるか。できないことを要求されれば、人は逃げを打つ。疑似科学に走ったり、宗教に走ったりする。疑似科学は、頭の悪い人でもわかりやすくできているし、宗教は信じる事を禁じないので気が楽だ。

オウム事件の時、高学歴の理系の人間が「麻原ショウコウは、水中で30分以上息をしないでいられる」ということを信じていた。これなども、科学の教育現場が、現代科学の成果を詰め込むことに忙しく、現代科学の成果を学ぶだけで精一杯になっているからであろう。自分で考えたり、疑ってみるという教育をする余裕がなくなっているからであろう。

つまり、現代では、科学は一部の専門家だけの占有物である。その結果、科学の絶対性は強化される。

では、解決策はあるのか。こんな難しい問題に簡単に答えはないだろうが、道があるとすれば、それは、あら。。。アイディアが今私の頭の中を通り過ぎてしまいました。思い出したらまた書きます。
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